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2008.03.08 (Sat)

等価交換【大学編】

2年前にも等価交換について書いてたんだな。。


さて、
毎年、誕生日を過ぎて想うことは、
「何のために生きているのか」
を自問自答することである。

いつもそれに対する答えを持って、
次の誕生日まで生きる。

人間30年以上生きていると、
それなりに得たものも、
失ったものも、
色々出てくるものだ。

二十歳の頃、
自分は絶対サラリーマンにはならない、
と思っていた。
そのために大学の4年間は、
ギターを弾くためだけの時間として使い、
他の一切は捨ててきたのだ。

そこから得たものは、
「使命」
そのものだった。

そして、
自分のいる空間を手に入れ、
そこには生きることへの表現の場があった。

しかし、
4年という時間を使い切って襲ってきたのは、
強い不安感。

このままでは、
すべてを失ってしまうかもしれない。
これ以上何も得ることがないかもしれない。
本当に今のままで良いのか。

そんな不安を断ち切るために、
次の表現の場を求めた。


あれから何年も経ち、
失ったものも多く、
得たものも多い。

だから忘れてはいけないと思う。
何を得て失ったか。
何を成し得ようとしているのか。。(レ..%
EDIT  |  14:11  |  空言  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2008.03.08 (Sat)

名もなき自由人、、

その昔、
名もなき自由人がいた。

映画を撮り、
音楽を出し、
世界をまたぎ、
世界を救う、

そして私の前でこう言った。

『自由に考えてみることが大切だ』


その人の背負う責任は、
普通の感覚では背負いきれない。

でも、
その人から重たさは全く感じられなかった。
まるで何にも背負っていないように。


そして私は気付いた。
『あの人は、名前を持っていなかった、、国籍さえも。。』


あれから何年経ったか、、
私は近付けただろうか、、

あの名もなき自由人の生き方に。。(レ..%
EDIT  |  14:10  |  空言  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2008.03.08 (Sat)

大切なモノの考察、、

続けていると、つい忘れがちになるけど、
楽しいから、やるんですよね。
幸せだと感じるから、探すんですよね。

これって、大切な事なんだけど、
なんで忘れそうになるんだろう。。

上手いとか、
イメージとか、
ポリシーとか、


 募る温かさに、僕は囲まれてる、
 それは逃げ場でも、ゴールでもなくて、
 想いは強く、僕を支えてる、
 夢はいつまでも、僕を待っている、、


大切なものを、真剣に考えた時、
答えってのは、本当は分かっていて、
でも、人は悩む。
想い、考える。
純な気持ちに固執して、それを逃げ場にしたくない。
都合が良いだけのポリシーにはしたくない。


 今生きてるこの世界は、流れるだけじゃ、ただ辛いから、
 走ってみよう、転げてみよう、がむしゃらにもがいてみよう、
 今夢に近付けたら、次に僕は何をしよう、
 笑っていよう、飛び上がろう、唄を歌っていよう、、


探して、
見つけて、
また失って、
そしてまた探して、

ずっと、そうやって、大切なモノと向き合うのだろう。。(レ..%
EDIT  |  14:10  |  空言  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2008.03.08 (Sat)

思い出を、少々。。

今だから話せる、ネタなんかを書いてみようかと。。

ティラミスってのは、もともと大学に入った頃に企んだ計画で、当時は『爽やかハードロック』をテーマに、
ハードな曲をイメージしてたのを、知る者は少ない。

私は、気合いだけは誰にも負けないギタリストだったけど、実際に何も出来ず、
いつか先輩みたいに上手くなりたいな、、とひたすら速弾きの練習をしてたっけ。。
神とされた4回生のバンドに、『ハニー・ビスケット』というのがあって、私はその響きの良さに、
それなら、、と甘いお菓子というのを真似たのが、ティラミスの名前の由来。
もちろん、ティラミスは大好物で、どこに行っても食べてたので、全く突然思い付いた訳ではない。
計画開始から2年後、バンド『ティラミス』は結成。
それは3回生の時で、私と同回のドラムの他に、2名先輩に手伝って頂き、第一期が始まった。

2年間で、本当に数え切れない程コピーを経験して、当初の『爽やかハードロック』とは少し違い、
ロックンロールをやりたかった。
2回生の時やった、オアシスの影響がデカかったと思う。
でも、ロックンロールが書けないのだ。。
2週間経っても書けない。
途方に暮れた私は、少しギターを置き、ピアノを弾いた。
コードはギターと同じなので違和感はない。
とにかく気持の良い音を選んで、あとはその時の気持ちを呟きながら、、
『ロックンロールができない、、』
『けどしたい、、』
『いくらやっても出来なくて、、』
『はぁ、、このまま出来ないのかな、、』
とやってる内に、気が付けばバラード曲の出来上がり。

ん!?もしかして、、
ピアノの横に置いていたギターを手に取り、同じように弾いてみる。
お!?
少しテンポを速く弾いてみる。
おお~!!
ロックンロールになってるじゃない。。


『ロックンロールに憧れて、ギターを手にしてみたけど』
『何にも出来ず、落ち込んで、もうやめだーと諦めた』
『ロックンロールに憧れて、メンバー集めてみたけど』
『やる事なす事、バラバラ、すぐにキレて解散じゃ~!!』
『ここで終わってしまうのか、、』
『ちょっと、すいません』
『何かと思い振り向けば、白いドレスのシンデレラ』
『僕の心はコナゴナになる』
『見つめられるだけで、崩れてしまう』
『単純なこの性格、ロックンロールに憧れて!!』


記念すべき、ティラミスの第1弾、『ロックンロールに憧れて』の完成だった。


そこから立て続けに3曲、ピアノから生まれたのが、
『何か、最近』
『その日暮らしの中で』
『この歌にのせて』
ロックンロールをやりたいんだけど、上手くできなくて、というロックは、
その後【ノンストップ・ポップンロール・ツアー】として、活動を行う。

結局私は、力を入れて書いた曲はロックにならず、バラードばかりで、
つぶやき、ぼやき、が溜まり、ああ~、ロックがしたいと出来た曲が、
『詩を歌っていよう』
それで次こそは、と意気込んで出来た超大作は、9分を超えるバラード。。
『そう、決めたから』
誰が聞くか。。と正直思った。
(が、3回生最後のライブ【クラブは引退】で、後に涙を誘う事になる)

もっと、ロックがしたい。
ああ、何で出来ないんだ。。
ああ、神様、、

『神様、、僕がお嫌いですか?』
『恋について悩んでいる人達へ』
『愛を込めて!!』

いつものパターンで、出来上がったのは、後にヒットとなった、
『神様』

結局、ロックンロールに憧れる日々。。

クラブ最後のライブで、ティラミスのバンド名の由来を初めて、話す。
tira・mi・suはイタリア語で、tira〈引っぱる〉mi〈私を〉su〈上に〉、
英語に置き換えると、pick me up、
『私を元気付けて』となる。

こんな深い意味があったとは誰も思ってなかったらしく、
メンバーですら知らなかった程だ。

この言葉をメンバーへ贈り、4回生はクラブから外へ、、
本格的なインディーズ活動となった。

『外は冷たい、流れてく雲と風を、窓から見てた』
『僕が見ていた、景色がどこで、どんな風に、変わったのか気付かない』
『胸の中で眠っていた、この言葉、ありったけの声を出して、叫ぶ』
『誰かどこかで聞くのだろう、いつの日か』
『積み重ねてく、出会いと別れ、寂しくないかい』
『積もる雪を見て、僕の心の中で』
『何が芽生えたんだろう、何処を目指したんだろう』
『積もる雪を見て、僕はまた旅に出る』
『何処へってあてもなく』
『いつか辿り着けるところへ』

この唄を引っさげて、私は大学最後の挑戦を行った。
その話は、また次の機会に。。

ちなみに、お気付きの方がいるかな、、テぃラみスの『い』と『み』が平仮名、
つまり、テぃラみスから意味(いみ)を取ったら、テラスが残る。
私のハンドル、テラス=じんはここから来ています。

では、じんは?
この話も、次の機会に。。

つづく、かな。。(レ..%
EDIT  |  14:03  |  空言  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2008.03.08 (Sat)

私とギターと、、

物心付く前からギターの音を聞いていました。
親父がギターを弾いていたので。

ギターは18歳の時まで一度も触った事はありませんでした。
じいちゃんがギターは不良の持つものだ、と、
まぁ、昔の人の感覚ですから、それがどうというわけでもなく、私もギターには興味がなかったので。

私はピアノが好きです。
初めてピアノに触ったのは、10歳の時。
これも家にあった楽器の一つですが、楽器って、当たり前には無いんですよね、当たり前ですが。
家族の誰かが買ったから、そこにあるんですよ。
その事に気付いたのはギターを持った時ですがね。。

16歳の時、YAMAHAのTZR(250cc)が欲しくて、欲しくて、本当に欲しくて、1週間眠れなかった事があります。
知人にHONDAのCBR(250cc)を譲ってもらって、そこから眠れるようになりました。
この頃は、まだカセットテープの時代だったんで、音楽を編集して遊ぶのが好きでした。オリジナルのテープを持って、ツーリングが最高の幸せでした。

F1レーサーを目指してました。
親父に相談した所、反対されず、私はどうしたらレーサーになれるのか、調べました。
お金がかかる。分かったのはそれでした。
人生の中でお金は、夢を実現する為に必要なものなのだな、と実感したのはこの頃。
日本人ライダー阿部典文が鈴鹿で優勝したのは丁度この年。
F1では当時、鈴木亜久里が日本人最高位の3位が14歳の時。
2輪の方が、可能性があるな、、と。
それからは2輪に可能性を賭けて、ただ走りました。

18歳の時、事故を起こしました。
頭以外、全身包帯で身動きとれずの日々。。
二度と右カーブを曲がれない身体になってしまった。
後遺症だけを残して、私の回りからレーサーへの夢は消えました。

その夏、
バンドをする事になり、私は自分の意志とは裏腹に、色々あった結果、ギターを担当する事になりました。
『家にギターがあったから、、』
この先数年間、私と戦う事になる言葉です。

もともとやる気はなかったので、ギターやりたいと言ってきたクラスメイトにメインギターを任せ、私はコーラスしながらサイドギターをやりました。

18年間見てきた楽器なのに、使い方が分からない。
とりあえず親父に聞いてみました。
『まずコードを全部覚えろ』
とだけ言われ、コード表をもらいました。
私はとりあえず覚えました。

初音合わせの日、
全く合わない。
それもそのはずで、私だけコードを弾いているからだ。。
他のメンバーは楽譜通り。
帰って親父に猛抗議、、でも簡単に返り討ちにあう。
私の主張は、「コードを覚えたけど、全然違う。こんなんじゃギターじゃない」
それを聞いて親父、「まぁ、なんかCD持ってこい」
とりあえず今日やった曲を渡した。
曲に沿ってギターを弾き出す親父。
数分間、私の前で魔法が始まった。。

「初めて聞く曲なのに、なんで弾けるの、、?」
「コードだからだ」

言うまでもなく、それから私は親父の練習法に文句を言わなくなった。
バンドでは相変わらず邪魔な私の音。

2週間後、
「これ、知ってる曲を全部弾いてみろ」
と親父から渡された歌謡曲400曲を集めたコードブック。
知っている曲を弾いてみた。
ん?!
弾ける。歌える。
自分で自分が信じられなかった。
「これで弾ける曲が増えたな」
信じられないが、そうだ。今まで1曲練習していたのに、たった今、弾ける曲が何十倍にも増えた。
違う曲を弾いている内に私は気付いた。
速さとか、音の数とか曲によって違うのか。。
と言うより、その特徴を把握すれば、あとはコードなのか。。
バンドで課題曲だった6曲、その後一瞬にして出来たのは言うまでもない。

さて、突然出来るようになった私にバンドのメンバーが例の言葉を放った、、
『良いよな、ギターが家にあって、親父さんに教えてもらえて』
何とも言えない気持ちだった。
当時は若かったので、ブチ切れました。
なんか本当に悔しかった。。

それ以来、親父に教えてもらう事はなかった。

今まで以上に練習した。
当然上手くなる。しかしそれに反比例して悔しさは増す。
上手くなればなるほど、親父の存在をダイレクトに感じる事になる。
上手いのは親父であって、私ではない。
私が上手くなるのは、親父がいるからだ。
そう思われるのが、たまらなく嫌だった。
いつからか、ギターをする事は、私が私の存在を主張する行為となった。
時間が欲しかった。もっと時間が。
大学へ行けば、時間が手に入る。
でもこの18年間、勉強はした事がない。
当たり前だが、大学へは進学できず、浪人する事になった。

予備校へ行ってもそこでメンバーを見つけ、バンドをした。
それを知った親父は激怒。
「お前がギターやってまた浪人するのは勝手だ、でも他人を巻き込むな」
この時の絶望感は何と言っていいか。。
もっともだ。
ギターについては反抗ばかりしてきた私だが、この言葉には反論出来なかった。
その日以来、私は1年間、親父にギターを預け封印した。
大学の4年間、ギターをする為に必ず行く、と堅く心に誓った。

1年後、
かろうじて大学に行く事が出来た。奇跡だ。
2.0あった視力が0.2まで落ちた。
これを私は『受験の悲劇』と後に語り継ぐ事になる。


ここから4年間、私のギター人生が始まる。

つづく、かな。。(レ..%
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